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札幌地方裁判所 昭和45年(ワ)544号 判決 1982年10月26日

原告

大橋段

右法定代理人親権者

大橋達

大橋静子

原告

大橋達

原告

大橋静子

右原告三名訴訟代理人

大島治一郎

入江五郎

高野国雄

下坂浩介

横路孝弘

江本秀春

庭山四郎

被告

右代表者法務大臣

坂田道太

右訴訟代理人

矢吹徹雄

右指定代理人

片桐春一

外六名

被告

北海道

右代表者知事

堂垣内尚弘

右指定代理人

片桐春一

外七名

被告

小樽市

右代表者市長

志村和雄

被告

藤田茂房

被告

小川敬

被告

デンカ生研株式会社

(旧商号 東芝化学工業株式会社)

右代表者

渡辺肇

被告国及び同北海道を除く被告四名訴訟代理人

水原清之

右被告四名訴訟復代理人

富岡公治

廣川清英

被告デンカ生研株式会社訴訟代理人

中澤喜一

主文

一  被告国及び被告小樽市は、各自、原告大橋段に対し金三一四八万三〇〇〇円、原告大橋達及び原告大橋静子に対し各金一三一万四〇〇〇円並びに右各金員に対する昭和四五年六月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告国及び被告小樽市に対するその余の請求並びに被告北海道、被告藤田茂房、被告小川敬及び被告デンカ生研株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告らと被告国、被告小樽市との間においては、原告らに生じた費用の二分の一を右被告両名の負担とし、その余は各自の負担とし、原告らとその余の被告四名との間においては、全部原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項の認容金額の三分の一の限度において仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の申立

一原告ら

1  被告らは各自原告大橋段に対し金五九三二万一〇〇〇円、原告大橋達及び原告大橋静子に対し各金三〇〇万円並びに右各金員に対する昭和四五年六月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二被告ら

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  仮執行宣言

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  本件事故の発生

(一) 原告大橋段(昭和四二年一〇月六日生まれ。以下「原告段」という。)は、昭和四三年四月八日、小樽市保健所において、被告小川敬(以下「被告小川」という。)から、予防接種法(昭和五一年法律第六九号による改正前のもの。以下、特にことわらない限り右改正前のものを指す。)五条、一〇条一項一号所定の定期の痘そうの予防接種を受けた(以下「本件種痘」という。)なお、使用された痘苗は、被告デンカ生研株式会社(昭和五七年一月一一日の変更前の商号は東芝化学工業株式会社である。以下「被告東芝化学」という。)が製造したものである。

(二) ところが、原告段は、同月一七日になつて、セ氏四〇度近い高熱を発し、それが三日間続き、また、下肢の異常運動、項部強直等を呈したため、同月二〇日、小樽市立小樽病院に入院した。そして、同年五月九日に同病院を退院後、道立札幌医科大学附属病院(以下「札幌医大附属病院」という。)で入院加療を受け、その後は、小樽市所在の朝里温泉整形外科病院で通院加療を受けたが、下半身麻痺による運動障害及び知能障害が残つた。

(三) 原告段は、現在、下半身麻痺により起居、歩行の各動作ができず、また、知能障害を来している(精神年齢推定二歳)ため、日常生活に介護を必要とする状態である。そこで、現在、北海道立札幌肢体不自由児総合療育センターに入所して、機能訓練を受けているところである。

2  因果関係

痘そうの予防接種(以下「種痘」という。)により、その後四日から一六日の潜伏期間を置いて、広義の種痘後脳炎という中枢神経系に対する重篤な副反応が惹起されることのあることが、広く知られている。ところで、原告段は、前記1(二)のとおり、本件種痘後九日目に発病し、前記各後遺障害を残したのであるが、原告段のこうした症状は、広義の種痘後脳炎のうちでも最も普通に現れる脳炎型又は髄膜炎型に属するものであつて、本件種痘に起因するものというべきである。

3  被告国の責任(その一)

(一) 本件種痘は、前記のとおり、予防接種法五条、一〇条一項一号所定の定期の予防接種として実施されたものであるが、その実施事務は、国から小樽市長に対し、そして小樽市長から小樽市保健所長であつた被告藤田茂房(以下「被告藤田」という。)に対し、それぞれ機関委任されたものであるところ、国の機関としての被告藤田が同保健所予防課長であつた被告小川を補助者として実施したものである。それ故、被告小川は、被告国の公権力の行使に当たる公務員として本件種痘を実施したものである。

(二) 被告小川には、本件種痘の実施にあたり、以下のとおりの過失があつた。

そもそも、被告小川は、本件種痘を実施するにあたり、問診、視診、聴打診等の方法により原告段の健康状態を十分に確認し、同人が予防接種実施規則(昭和三三年厚生省令第二七号。昭和四五年厚生省令第四四号による改正前のもの。以下、特にことわらない限り右改正前のものを指して「実施規則」という。)四条所定の禁忌者に該当する場合には種痘を行わないようにすべき義務があつた。

しかして、原告段は、昭和四三年四月三日から同月五日まで、感冒の治療のため、小樽市所在の田宮医院を受診して毎日解熱剤等の注射を受けたほか、本件種痘前日の同月七日まで毎日解熱剤等の服用をしていたのであるから、実施規則四条所定の病後衰弱者等に該当する禁忌者であつたといわなければならない。

しかるに、被告小川は、本件種痘の実施にあたり、問診、聴打診等を行うことなく、単に視診を行つたのみであつた(これとても十分に行つたかどうか疑問である。)ため、原告段の右罹病の事実を認識することなく禁忌者に該当しないものと速断して、本件種痘を実施したものである。また、仮に、被告小川が被告ら主張の如く本件種痘の予診の際に「普段と変りないか」等と質問していたとしても、本件種痘当日、予防接種会場内に被告らが主張する掲示はなされておらず、いわゆる問診票も使用されていなかつたのであるから、右質問は、禁忌者を識別するための問診として極めて形式的かつ不十分なものである。

このように、被告小川は、本件種痘に際しての予診を尽さなかつたため、原告段が禁忌者に該当するにもかかわらず、その識別判断を誤つて本件種痘を実施した点において、(重大な)過失がある。

(三) したがつて、被告国は、国家賠償法一条一項に基づき、後記損害を賠償すべき義務がある。

4  被告国の責任(その二)

(一) 厚生大臣は、被告国の公衆衛生に関する行政事務の最高責任者として、被告国が予防接種法等に基づき実施する種痘その他の予防接種事業の遂行を統活して来たものである。

(二) ところで、我が国の痘そう患者は、昭和二五、六年頃までは多数見られたが、それ以後は著しく減少し、昭和三一年以降は天然痘が常在しなくなつた。しかるに、種痘による死亡者は、昭和五二年頃まで毎年一〇名前後に及び、死亡に至らないが種痘による後遺症にかかつた者は、その数倍に達していたものと考えられる。それ故、厚生大臣は、国民が天然痘によつてではなしに種痘によつて毎年一〇名前後も死亡させられている事態を正確に把握し、遅くとも本件種痘当時までには以下に述べるとおり、種痘制度を根本的に改善すべき義務があつたといわなければならない。

(1) 種痘の定期強制接種の廃止

我が国の実状からすれば、種痘による副反応惹起の危険性(副反応の発生率やその重篤性等)が種痘の必要性(痘そう流行の可能性やそれによる死亡率等)をはるかに上回つていた。

したがつて、厚生大臣は、遅くとも本件種痘当時までには、種痘のいわゆる定期強制接種を廃止して、任意接種(あるいは勧奨接種)に改めるべき注意義務を負つていたものといわなければならない。現に、イギリスでは、ディクソンやディックの強制接種廃止論(天然痘の非常在国においては定期強制接種を続ける必要がないという見解)を受けて、一九四八年(昭和二三年)には、種痘の強制を廃止して、勧奨接種に改めているのである。

(2) 「初種痘」年齢の引上げ

我が国の予防接種制度のもとでは、初回の定期の種痘(以下「初種痘」という。)は、生後二月から一二月に至る期間にすべき旨定められていた(予防接種法一〇条一項一号)。しかしながら、遅くとも本件種痘当時までには、種痘による種痘後脳炎等の重篤な副反応の起きる頻度につき、一歳未満が最高であり、一歳から二歳の間が最底で、それ以降は年齢が進むにつれて高くなることが広く知られるようになり、このような知見に基づいて、イギリス、オーストリア、西ドイツ、ソビエトでは、いずれも初種痘年齢を引上げ、零歳児に対しては種痘をしないこととするに至つていた。

したがつて、厚生大臣は、遅くとも本件種痘当時までには、初種痘年齢を生後一年以上に引上げるべき注意義務を負つていたというべきである。

(3) 痘苗製造株のリスター株への切替え

本件種痘当時我が国で使用していた痘苗製造株は、池田株又は大連株であり、原告段が接種を受けた痘苗は、大連株により製造されたものであつた。ところで、WHO(世界保健機関)は、痘そうの予防対策の水準の世界的向上と種痘副反応の軽減を目的として、各種の痘苗を比較研究した結果、一九六三年(昭和三八年)、リスター株(イギリスのリスター研究所の痘苗)を国際参照品に指定した。そして、本件種痘当時までに、オランダ、オーストリア、西ドイツバイエルン州が痘苗製造株をリスター株に切替え、種痘による事故を減少せしめていた。加えて、マレニコバは、一九六七年(昭和四二年)、世界各国の二〇種類の痘苗製造株につき広範囲にわたつて病原性の比較試験を行つたが、それによれば、我が国の池田株、大連株は、最強病原性群に属することが判明した。

したがつて、厚生大臣は、遅くとも本件種痘当時までには、痘苗製造株をリスター株に切替えるべき注意義務を負つていたというべきである。

しかるに、厚生大臣は、こうした諸措置を講ずることもせず、漫然と、本件種痘を含む種痘制度を実施して来たのであるから、厚生大臣には、前記注意義務を怠つた過失があるというべく、その結果、本件事故が惹起せしめられたのである。

(三) したがつて、被告国は、国家賠償法一条一項に基づき、後記損害を賠償すべき義務がある。

5  被告国の責任(その三)

被告国は、種痘により一定の割合で死亡又は重大な後遺症の惹起されることが広く知られていたにもかかわらず、公衆衛生の向上及び増進という名のもとに、刑罰の威嚇をもつて種痘を強制していたのであるから、種痘によつて事故が発生した場合には、条理に基づき、種痘に関与した公務員の故意、過失の有無を問わず、それによつて生じた損害の賠償ないし損失の補償をする義務があるものといわなければならない。

6  被告北海道の責任

(一) 北海道知事は、国の機関として、予防接種法五条及び同法施行規則二条により、少樽市長に対し、予防接種の技術的な実施方法その他必要な事項を指示すべき事務を担つていたが、この指示は、公権力の行使にあたるというべきである。

(二) ところで、北海道知事は、種痘により重大な副反応が惹起されるおそれのあることが広く知られていたのであるから、種痘を実施する際には、問診、視診、体温測定、聴打診等、重大な副反応の発生を回避するための措置を十分尽すべき旨を小樽市長に対し指示すべき注意義務を負つていたというべきである。

しかるに、北海道知事は、これを怠たり、漫然と、国の定めた予防接種実施要領どおり、予診については、まず問診及び視診を行い、その結果異常を認めた場合にのみ、体温測定、聴打診等を行えば足りる旨、また種痘の接種人員については、一時間当たり八〇名まで実施してよい旨の不適切な指示を行つた。この点において、北海道知事には過失があるものといわなければならない。

そのため、本件種痘に際しても、重大な副反応の発生を回避するための前記の如き措置が尽されないまま、原告段に対して種痘が実施され、本件事故を惹起する結果となつたのである。

(三) 被告北海道は、北海道知事の給与を負担する者である。

(四) したがつて、被告北海道は、国家賠償法三条一項に基づき、後記損害を賠償する義務がある。

7  被告小樽市の責任

(一) 被告藤田及び同小川は、前記(3(一))のとおり、国の公権力の行使に当たる公務員として本件種痘を実施したものである。

(二) 被告藤田には、本件種痘の実施につき、以下のとおりの過失があつた。

被告藤田は、種痘により重大な副反応が惹起されるおそれのあることが広く知られていたのであるから、被告小川をして本件種痘を実施させるについては、被告小川において問診、視診、体温測定、聴打診等を十分に行うことができるように措置すべき義務があつたものというべきである。しかるに、被告藤田は、そのような措置を何ら講ずることなく、被告小川をして漫然と本件種痘を行わしめ、原告段に本件各障害を負わせたのである。

(三) 被告小川には、本件種痘の実施にあたり、前記(3(二))のとおりの過失があつた。

(四) 被告小樽市は、右両名の給与を負担する者である。

(五) したがつて、被告小樽市は、国家賠償法三条一項に基づき、後記損害を賠償する義務がある。

8  被告藤田及び同小川の責任

本件種痘の実施につき、被告藤田には前記7(二)のとおりの、また、被告小川には前記3(二)のとおりの各過失があつたが、これは重大な過失(場合によつては、未必の故意といつても差支えない。)というべきである。

それ故、右両名は、個人としても、民法七〇九条に基づき、後記損害を賠償すべきである。

9  被告東芝化学の責任

(一) 被告東芝化学は、自社が製造した痘苗(大連株)を接種することにより毎年一定割合の死者又は重篤な後遺症被害者が出ること並びに大連株がリスター株と比べて毒性及び副作用が強度であることを知つていたのであるから、副作用等種痘の際の注意事項を使用者たる医師に対し十分に警告、説明すべきであつたというべく、また、遅くとも本件種痘当時までには、大連株による痘苗の製造を中止してリスター株に切替えるべきであつたといわなければならない(前記4(二)(3)参照)。

しかるに、被告東芝化学は、使用者たる医師に対する警告説明義務を尽さず、また、旧態依然たる大連株による痘苗を製造・販売し、その結果、本件事故を惹起せしめたのである。

よつて、被告東芝化学は、債務不履行責任又は不法行為責任を免れない。

(二) 原告段は、被告東芝化学が製造した痘苗の接種を受けることによつて、前記各後遺障害を受けたのであるが、こうした後遺症は、痘苗の適正な使用により通常生じうべき性質のものではないから、本件種痘に使用した痘苗には欠陥があつたものと推定すべきである。

そして、かような場合には、被告東芝化学は、右痘苗を製造・販売した者として、無過失損害賠償責任を免れないというべきである。

10  損害

(一) 原告段の被つた損害

(1) 逸失利益 金三八一六万九〇〇〇円

原告段は、本件事故に遭わなければ、一八歳から六七歳までの四九年間就労して、その間、少なくとも、毎年金三四〇万八八〇〇円〔昭和五五年賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の男子労働者平均賃金(全年齢平均)と同額〕の収入を取得したはずである。しかるに、本件事故により前記1(三)のとおり運動障害及び知能障害が残つたため労働能力を完全に失つてしまつた。そこで、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、右期間の得べかりし利益の現価(ただし、昭和五四年一〇月六日を基準とした。したがつて、ライプニッツ係数は13.5578である。)を算定すると、左記のとおり、金四六二一万五〇〇〇円(ただし、千円未満切捨。)となる。

3,408,800円×(18.6334−5.0756)=46,215,828円

よつて、原告段は、少なくとも右と同額の得べかりし利益の喪失による損害を被つたが、本訴においては、その内金三八一六万九〇〇〇円を請求する。

(2) 付添介護費 金一一一五万二〇〇〇円

原告段は、本件事故により前記各後遺障害が残つたため、生涯にわたり(平均余命と同じ七三年間)、付添介護を必要とするところとなり、少なくとも年間金三六万円(一日当たり約一〇〇〇円)を下らない付添介護料相当額の損害を被つた。

そこで、右損害を、一年につき金三六万円の割合により算出した金額を基礎として、また、昭和五四年一〇月六日以降の期間(六一年間)については、右時点を基準としてライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して(ライプニッツ係数は18.9802である。)と算定すると、左記のとおり、金一一一五万二〇〇〇円(ただし、千円未満切捨。)となる。

360,000円×(12+18.9802)=11,152,872円

(3) 慰謝料 金一〇〇〇万円

原告段は、本件事故により終生半身不随のまま過さなければならなくなつたが、これによる精神的苦痛を慰謝するには、金一〇〇〇万円が相当である。

(二) 原告大橋達及び同大橋静子の被つた損害

慰謝料 各金三〇〇万円

右両名は原告段の父母であるところ、最愛の子が本件事故に遭つたため、生命を害されたにも比肩すべき多大の精神的苦痛を受けたが、これを慰謝するには、各金三〇〇万円をもつて相当とする。

11  結語

よつて、被告ら各自に対し、原告段は金五九三二万一〇〇〇円(前記のとおり一部請求である。)、原告大橋達(以下「原告達」という。)及び同大橋静子(以下「原告静子」という。)は各金三〇〇万円並びに右各金員に対する本件事故の後の日である昭和四五年六月二三日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求の原因に対する答弁

1  請求の原因1(本件事故の発生)について

(一) 同1(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の事実は認める。

なお、市立小樽病院入院時の原告段の症状は、次のとおりであつた。すなわち、意識清明で機嫌が良く、上肢の運動は正常であつた。下肢は、自発的運動はなく、皮膚に対する極些細な刺激により両側下肢に著名なクローヌス様異常運動が認められ、膝蓋腱反射は両側ともやや亢進し、バビンスキー反射、足及び膝蓋クローヌスが著明であつた。しかし、頭部強直、ケルニッヒ氏徴候等の髄膜炎症状もなく、けいれんも認められなかつた。

そして原告段は、同病院での治療により右症状が快方に向かつていたにもかかわらず、昭和四三年五月九日、治療半ばで退院し、その後は、札幌医大附属病院、朝里温泉整形外科病院等を転々としながら、断続的に治療を続けたのである。

(三) 同(三)のうち、原告段に現在下半身麻痺及び精神発達の遅延の症状があることは認めるが、その余の事実は知らない。

2  同2(因果関係)について

同2は争う。

本件種痘と原告段の前記各後遺障害との間の因果関係は、以下のとおり認めることができない。

まず、広義の種痘後脳炎は、臨床学的にみると、脳炎型、髄膜炎型、脊髄炎型、球マヒ型に分類されるが、その大半は脳炎型、髄膜炎型(いずれも意識障害を示す。)であり、脊髄炎型(下肢あるいは上下肢の運動障害を来すが、意識障害、知能障害を示すことはない。)はほとんどない。そして、脊髄炎型が脳炎型に進行することはない。しかるに原告段は、市立小樽病院入院当時、知能障害、脳波異常がなく、意識も清明であつた(前記1(二)参照)にもかかわらず、その後、年とともに知能障害を示すようになつたのである。このように、原告段の病状経過は、広義の種痘後脳炎とは著しく異なるものであつて、本件が広義の種痘後脳炎であるか否か極めて疑わしいといわなければならない。現に、種痘研究班の研究代表者である東京大学名誉教授高津忠夫は、原告段が昭和四三年四月一七日に発病した疾患は脊髄出血であつて、種痘とは直接の因果関係はないと診断しているところである。

また、本件においては、臨床検査が十分になされていないため、原告段の前記各後遺障害がいかなる原因に基づくものであるかを十分に明らかにすることができないが、こうした事態は、北海道が派遣した調査班による検査を原告らが拒否したことによつて惹起されたものである。それ故、前記各後遺障害が本件種痘に起因することを裏付けるに足りる医学的に明確な検査所見がないまま、原告らに有利に、右両者間の因果関係を肯定することは許されない。

要するに、本件種痘と原告段の症状との間には、相当因果関係を認めることができない。

なお、被告国は、原告段の症状を種痘後後遺症と認定して、同人に予防接種法による給付を行つている(後記三3参照)が、この場合の因果関係の認定は、被害者の救済という見地から緩やかに解し、完全に因果関係が否定される場合を除き、救済しているのである。したがつて、右給付をしているからといつて、当然に本件における因果関係が認められる訳ではない。

3  同3(被告国の責任、その一)について

(一) 同3(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の事実は否認し、主張は争う。

以下に述べるところによれば、被告小川には、本件種痘の実施につき何らの過失もないというべきである。

まず、小樽市保健所では、本件種痘当時、予防接種を受けるために出頭した者に対して、おおむね以下の手順で予防接種を実施していた。

予防接種実施場所(小樽市保健所の講堂)の入口に「ご注意」と題する貼り紙を掲示し、接種対象者又はその保護者が予防接種の禁忌事項を確認することができるようにしてあつた。受付では、保健所の事務職員(三名)が、いかなる予防接種を受けに来たのか、健康状態は普段と変りないか等質問し、明白に禁忌に該当する症状の申述があればその場で帰宅させ、疑問のある者については看護婦・医師の指示を仰いでいた。そして、接種会場内の壁にも「予防接種のお知らせ」と題する掲示をし、禁忌について周知徹底したうえ、予防接種をする部位の消毒を担当する看護婦が禁忌事項がないか質問するとともに、消毒に際し、接種対象者の腕に触つて触診をし、また視診をしていた。この段階で禁忌に該当することが判明すれば帰宅させ、疑問のある者については医師の指示を仰いでいた。このような手順を経たうえで、医師が予防接種を実施することになるが、その際、医師は、接種対象者が背後の「お願い」と題する掲示(そこには、「つぎのような方は予防接種を受ける前係にお知らせ下さい」として、「熱のある人又は風邪にかかつている人、……病後の衰弱者又は栄養障害のある人、……そのほかからだの調子の悪い人又はその他の病気で医師にかかつている人、……」等があげられていた。)に記載してあるような症状に該当しないか口頭で確認するとともに、視診、触診をして、禁忌症状の有無を確認していた。特に種痘の場合には、消毒液が完全に乾燥しなければ接種することができないため、医師の前に座つて消毒してから接種するまでに何十秒かの時間を要するが、医師は、その間に、視診、触診、問診を行い、必要があれば、体温測定、聴打診を行つていたのである。

このように、本件種痘当時、小樽市保健所では、予防接種の禁忌事項について三か所に掲示をすることによつてその周知徹底を図り、また、接種対象者の健康状態等についても三度にわたり口頭で確認する等慎重に予診を行い、予防接種の実施に万全を期していたのである。そして、原告段に対する本件種痘も同様の手順で行われたものである。

また、本件種痘当日の原告段に禁忌症状がなかつたことは、以下に述べるところから明らかである。すなわち、原告静子は、昭和四三年四月五日、原告段の風邪の治療のため田宮医師を受診した際に、同医師から、熱が下がれば四月八日に原告段に予防接種を受けさせてもよい旨の診断を得ていた。そして、原告静子の供述によれば、四月七日朝原告段の体温を測定したところセ氏三七度以下であり、また、四月八日には、風邪の症状や熱がない様子なので予防接種に赴いた、というのである。こうした事実に、原告静子は、約一〇年間小樽市に所在する西郡内科病院に勤務し、予防接種を担当した経験もあり、禁忌事項も十分に知つていたことを顧慮すれば、本件種痘当日、原告段には禁忌症状がなかつたというべきである。

以上のとおりであるから、被告小川には、本件種痘の実施につき何らの過失もない。

(三) 同(三)は争う。

4  同4(被告国の責任、その二)について

(一) 同4(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の冒頭の事実のうち、我が国の痘そう患者は昭和二五年、六年頃までは多数見られたが、それ以後は著しく減少し、昭和三一年以降は天然痘が常在しなくなつていたことは認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。

同(二)(1)(種痘の定期強制接種の廃止)の主張は争う。昭和四三年当時の我が国は、天然痘の非常在国ではあつたが、常在国であるインド、パキスタン、バングラデシュ、インドネシア等のアジア諸国からの天然痘輸入の危険に常にさらされていたのである。そして、当時は、日本と同じく天然痘の非常在国であつた欧米諸国を含めほとんどの国々において、天然痘の輸入・流行を防ぐためには、全国民に対する定期的強制種痘が唯一の適切な方法であると考えられ、それが実施されていたのである。したがつて、当時の我が国において種痘の定期強制接種を実施していたことを目して、これを違法ということはできないというべきである。なお、原告らはイギリスの例を引用して強制接種の必要性がない旨主張するが、イギリスが強制種痘を廃止した当時〔それは、原告らの主張と異なり一九四九年(昭和二四年)である。〕、他のヨーロッパ諸国では種痘を強化する方向にあつたのであるから、かようなイギリスの措置は例外的なものであつたというべきである。しかも、そのイギリスでも、一九七一年(昭和四六年)に任意の種痘を全廃するに至るまでは、種痘を事実上強制していたのである。

同(二)2(初種痘年齢の引上げ)のうち、我が国の予防接種制度のもとでは初種痘は生後二月から一二月に至る期間にすべき旨定められていた事実は認めるが、その余は知らない。また、主張は争う。そもそも、初種痘年齢をどのように定めるかは、高度の専門科学的知見、情報に基づく政策的判断の問題として、立法府の裁量事項に属するものである。それ故、原告らが初種痘年齢が何歳であるべきであるとして主張するところは、当時の国の立法ないし政策判断の当、不当を争うに帰するから、違法の問題は生じないというべく、主張自体失当といわなければならない。また、グリフィスは、一九五九年(昭和三四年)に、零歳児に対する初種痘は従来の通説が考えていたのと異なり広義の種痘後脳炎の発生率が高いのではないかとの疑問を呈示したが、昭和四三年当時、右事実を統計学的に有意に示すデータはなく、未だ一学者の見解にすぎず、依然として、零歳児が最も安全であるとする見解が通説の地位を占めていたのである。それ故、我が国の初種痘年齢に関する定めは、当時の多くの専門家が支持する合理的な根拠に基づく見解に従つたものであるから、これを目して違法ということはできない。

同(二)(3)(痘苗製造株のリスター株への切替え)のうち、本件種痘当時我が国で使用していた痘苗製造株が池田株又は大連株であり、原告段が接種を受けた痘苗が大連株により製造されたものである事実は認めるが、その余は争う。そもそも、昭和四三年当時も、今日も、果たしてリスター株と大連株との間に広義の種痘後脳炎の発生率に差があるか否かははつきりしておらず、また、リスター株を使用したとしても副反応が生じることは避けられないのである(ちなみに、原告らはリスター株がWHOにより国際参照品に指定されたことを云々するが、正確には、リスター株から製造された特定のロツトの痘苗が国際参照品に指定されたのであり、また、その意味するところは、痘苗の力価を比較する物指しとして右ロツトの痘苗が適しているということにすぎず、リスター株が最良の痘苗製造株で大連株その他が不良品であるということではない。)。仮に、リスター株と大連株との間に痘苗製造株としての優劣があつたとしても、そのことが最初に明らかにされたのは、一九六七年(昭和四二年)のマレニコバの研究発表であつたが、それが論文として発表されたのはその翌年であつたから、その論文を検討し、追実験をする期間を考慮すれば、本件種痘当時までに痘苗製造株をリスター株に切替えることは不可能であつたというべきである。このように、本件種痘当時、大連株が粗悪品であり、リスター株に比べ毒性が高いということを確認できる状況下にはなかつたのであるから、当時の我が国でリスター株への切替えがなされなかつたことを目して、厚生大臣に過失があるということはできない。

(三) 同(三)は争う。

5  同5(被告国の責任、その三)について

同5の主張は争う。

予防接種により健康被害を生ずるに至つた被害者の救済については、後記三1のとおり、国家補償的精神に立脚する「予防接種健康被害者救済制度」が創設されているところである。そして、原告らに対しても、右制度に基づき、小樽市長から、既に後記三3(一)の金員が給付され、また、将来においても同(二)のとおり継続して給付されることが確定しているのである。

6  同6(被告北海道の責任)について

(一) 同6(一)の事実は認めるが、原告ら主張に係る北海道知事の指示が公権力の行使にあたる旨の主張は争う。

(二) 同(二)のうち、北海道知事が小樽市長に対し原告ら主張の如き指示をした事実は認めるが、その指示に過失がある旨の主張は争う。

原告らの主張は、接種対象者全員に対して問診、視診のほか体温測定、聴打診を行う必要があり、また、一時間当たりの接種人員についてもより少ない人数に制限すべきであるとするものの如くである。しかしながら、現在の医学水準上、いかなる方法をもつてしても広義の種痘後脳炎の発生を完全に防止することは不可能であること、種痘が集団接種方式で行われている現状では、現行の定め方以外に詳しい予診方法を定めることは技術的に困難であること、さらに、我が国における種痘は、医学的な専門知識と技術を有する医師によつて実施されること等を考慮すれば、北海道知事の小樽市長に対する指示は、種痘の実施についての指示内容として十分に是認しうるところである。加えて、北海道知事による右指示は、予防接種法及びこれに基づく命令の定める範囲の中で、予防接種業務について包括的な指揮監督権を有し、かつ、同業務の適正な実施をなさしめる法的責任を負う国が定めた予防接種実施要領に準じたものであるから、この点からしても、右指示は適切、妥当なものというべきである。

したがつて、北海道知事による右指示には、何らの違法も存しない。

(三) 同(三)の事実は認める。

(四) 同(四)は争う。

7  同7(被告小樽市の責任)について

(一) 同7(一)の事実は認める。

(二)同(二)は争う。

被告藤田は、実施規則及び予防接種実施要領に忠実に従つて実施計画を立て、被告小川をして本件種痘を実施せしめたのであるから、同被告には全く過失がない。

(三) 同(三)は争う。

(四) 同(四)の事実は認める。

(五) 同(五)は争う。

8  同8(被告藤田及び同小川の責任)について

同8は争う。

9  同9(被告東芝化学の責任)について

(一) 同9(一)の事実は否認する。被告東芝化学に債務不履行責任又は不法行為責任がある旨の主張は争う。

原告らは、警告説明義務違反を主張するが、被告東芝化学は、痘そうのワクチン(痘苗)を販売するにあたつては、各製品毎に用法、用量のほか、実施規則四条所定の禁忌事項や副作用、使用上の注意等を記載して販売しているのであるから、医師に対する警告説明義務を十分尽しているところである。

また、原告らは、リスター株に切替えるべき義務を怠つたと主張する。しかし、被告東芝化学の製造に係る痘苗(大連株)は、当時の最高の医学水準によつて開発され、しかも昭和三九年厚生省告示第四七四号「痘苗及び乾燥痘苗基準」に則つて製造、貯蔵され、かつ、薬事法四三条一項の検定を経たうえで販売されるものである。副作用に関するリスター株との比較については、前記4(二)記載のとおりである。したがつて、被告東芝化学の製造する痘苗は、十分に安全性が確保されたものというべく、リスター株に切替えなかつたことについて責められるべきいわれはない。

(二) 同(二)の事実は否認し、無過失損害賠償責任を負担すべき旨の主張は争う。

なお、本件種痘に使用した痘苗(製造番号一九三号)は、薬事法四三条一項の検定を昭和四三年二月一〇日に受けたものであり、右製造番号の倉入本数は八一二三本(四〇万六一五〇人分)であつた。

10同10の事実は否認する。

11同11の主張は争う。

三  被告らの主張

1「予防接種健康被害者救済制度」の創設(請求の原因4及び5に対する被告国の反論)

予防接種による被害者の救済は、当初、昭和四五年七月三一日の閣議了解に基づいて実施されて来たが、昭和五一年法律第六九号によつて予防接種法が改正され、同法に右救済措置が盛り込まれ、昭和五二年二月二五日から、同法による救済措置(以下「予防接種健康被害者救済制度」という。)が開始された。

ところで、このような予防接種健康被害者救済制度が設けられるに至つたのは、予防接種法に基づく予防接種は、その実施につき実施機関に過失がない場合においても極めてまれではあるが不可避的に重篤な副反応が起こりうるにもかかわらず、公共目的の達成のために行われるものであるから、予防接種により健康被害を生ずるに至つた被害者の救済を行うことによつて社会的公正を図る必要があると考えられたためであつて、国家補償の精神に基づき、可能な限り充実した給付を盛り込んだものにほかならない。

それ故、このような予防接種健康被害者救済制度がもつ国家補償的精神及び予防接種行政の法的性格等に照らすと、法は、原因不明あるいは国の基本的予防接種政策の不当を理由として損害賠償ないし損失補償の請求をするに帰する本件の如き事案(請求の原因4及び5における請求)の救済は、全て右国家補償的救済措置で賄い、それ以外あるいはそれを上回る損害賠償請求は全く予想せず、これを許容しない趣旨であるというべきである。

2  過失相殺

仮に、被告らに本件事故による損害を賠償すべき責任があるとしても、原告らの損害額の算定にあたつては、以下の各事情を斟酌すべきである。

(一) 小樽市保健所においては、本件種痘当日も、予防接種に際し、受付係、消毒係の保健婦、接種医師の三段階にわたつて、問診、視診、触診等を行つていたほか、接種会場内の目のつきやすい三箇所に禁忌事項を記載した掲示をしていたことは、前記のとおりである。ところで、原告段は、本件種痘を受ける直前の昭和四三年四月三日、四日、五日に感冒で田宮医師を受診し、体温が同月三日にはセ氏三八度八分、同月四日にはセ氏三八度五分であつた者である。それ故、小樽市保健所における右のような予診体制、原告静子の前記(二3(二))経歴等からすれば、たとい原告段が同月五日以降ほぼ平熱に戻つていたとしても、原告静子は、少なくとも、接種医師に対して、右のような原告段の最近における健康状態を告知すべきであつたというべきところ、原告静子は被告小川からの原告段の健康状態に関する質問に対して普段と変りがない旨回答しているのである。原告静子が原告段の最近の健康状態を告知していたならば、本件種痘に当たつた被告小川は、たとい問診、視診、聴診、体温測定等の予診によつて異常が認められなかつたとしても、本件種痘を回避していた可能性が大きく、そうすれば本件被害の発生を防止しえたところである。

したがつて、原告静子の右言動は、被害者ないし被害者側の過失として、原告らの損害の算定にあたつて斟酌されるべきである。

(二) 原告段は市立小樽病院における治療で快方に向つていたのであるから、原告達及び同静子が原告段に市立小樽病院で引き続き治療を受けさせていたならば、原告段が現在のような症状にならなかつたことが十分に予測できるところである。それ故、原告段が現在のような症状を示すに至つた最大の原因は、原告達及び同静子にあるといわなければならない。

したがつて、右両名のこうした態度は、被害者ないし被害者側の過失として、原告らの損害の算定にあたつて斟酌されるべきである。

3  損害の填補

仮に、被告らに本件事故による損害を賠償すべき責任があるとしても、小樽市長は、厚生大臣の認定に基づいて、本件種痘による被害を救済するために、原告らに対し、既に(一)のとおりの金員を給付し、また、将来においても(二)のとおり継続して給付することが確定しているので、このような金額は原告らの損害額から控除されるべきである。

(一) 予防接種により健康被害を生ずるに至つた被害者の救済は、前記1のとおり、当初、昭和四五年七月三一日の閣議了解に基づき、昭和五二年二月二五日からは、昭和五一年法律第六九号により改正された予防接種法に基づき実施されているところである。そして、原告らに対しても、小樽市長は、厚生大臣の認定に基づいて、現在までに次のとおりの給付を行つた。

(1) 原告段に対し、後遺症一時金として金二七〇万円

(2) 原告達及び同静子に対し、後遺症特別給付金として合計金二二万四〇〇〇円、障害児養育年金として合計金一九四万六二〇〇円(昭和五六年一二月分まで支給済み。)

(二) そして、原告達及び同静子に対しては、予防接種法一六条一項、一七条二号及び同法施行令六条一項により、年間金五一万八四〇〇円の障害児養育年金が支給されているが、右年金は(原告段が一八歳に達する昭和六〇年一〇月まで継続して支給されることになつている。また、原告段に対しては、予防接種法一六条一項、一七条三号及び同法施行令七条二項により、同人が一八歳に達する同年一一月以降生涯にわたり、年間金二二一万八八〇〇円の割合による障害年金が支給されることになつている。

ところで、右各年金額は、我が国の経済状態からすると、今後増額されることはあつても減額されることは考えられないので、少なくとも、前記割合による年金額は、原告らに対し、今後も確実に支給されるものと解されるので、右各年金額を基礎として、年五分の割合による中間利息を年別ライプニッツ式計算法により控除することによつて、今後支給される右各年金の現在価額を計算すると、原告達及び同静子に対し支給される障害児養育年金の現価は合計金一七六万七〇五九円(ちなみに支給総額は合計金一九八万七二〇〇円である。)、原告段に対し支給される障害年金の現価は合計金三四四三万〇六八一円(昭和五五年簡易生命表に基づき七四歳まで生存するものとして計算した。ちなみに支給総額は合計金一億二四六二万二六〇〇円である。)となる。

四  被告らの主張に対する答弁

1被告らの主張1は争う。

被告国主張に係る予防接種健康被害者救済制度は、本件事故当時存在していなかつたのみならず、給付の内容も、医療費、医療手当、障害児養育年金、障害年金、死亡一時金及び葬祭料に限られ、本件において原告らが請求する慰謝料、逸失利益及び付添介護費とは別個のものであるから、原告ら本件各請求は、右救済制度によつて何らの影響も受けるものではない。

2同2は争う。

3同3については、(一)の事実のうち小樽市長が原告らに対し現在までに被告ら主張のとおりの給付をしたことは認めるが、その余は知らない。また、被告ら主張に係る金額を損害額から控除すべき旨の主張は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一  認定に供した書証の成立について

<省略>

二  本件の経緯

請求の原因1のうち(一)及び(二)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。そして、右当事者間に争いがない事実に、<証拠>を総合すると、原告段の出生後今日に至る経緯等は、次のとおりと認められる。

原告段は、同達及び同静子の第二子として、昭和四二年一〇月六日出生した。生下時の体重は三三八〇グラムで、在胎期間中及び分娩時を通じて格別の異常はなかつた。

生後の発育は順調で、昭和四三年二月一九日、感冒で田宮医師を受診したほかには、本件種痘の数日前に後記のとおり罹病しただけで、他に格別の疾病にかかつたこともなかつた。

原告段は、同年四月八日、小樽市保健所において、被告小川から、予防接種法五条、一〇条一項一号所定の定期の痘そうの予防接種(本件接種)を受けた。その際使用された痘苗は、被告東芝化学が製造したものである。

ところが、原告段は、同月一七日(種痘後九日目)に至つて突然高熱(セ氏四〇度)を発したため、田宮医師の往診を受け、種痘熱の疑いのもとに、同日、一八日及び二〇日と、同医師の治療を受けたが、高熱が継続し(一八日セ氏三九度五分、二〇日セ氏三九度)、ことに二〇日(種痘後一二日目)の往診時には、下肢の動きが悪く異常運動があり、また軽い項部強直を認められた。そのため、田宮医師は、種痘後脳炎の疑いがあると考え、原告段を市立小樽病院へ紹介し、原告段は、即日入院した。

市立小樽病院入院時の原告段の所見は次のとおりであつた。すなわち、体温はセ氏三八度九分であつたが、上肢の運動は正常であつた。下肢は、両下肢ともに不全麻痺を呈し、自発的運動はなく、皮膚に対する極些細な刺激により両側下肢に著明なクローヌス様異常運動が認められ、膝蓋腱反射は両側ともやや亢進し、バビンスキー反射、足及び膝蓋クローヌスが著明であつたが、これらはいずれも錐体路系が侵された場合の症状である。しかし、意識清明で機嫌が良く、項部強直、ケルニッヒ氏徴候等の髄膜炎症状もなく、けいれんも認められなかつた。なお、種痘は善感していた。

そこで、同病院では、小児科医長の飯塚晁ほかが担当して、抗生物質、ステロイドホルモン、ガンマークグロブリン等を中心に治療を行い、その後低周波療法等の理学療法も併用したところ、入院翌日には下熱し、前記症状は快方に向かつていたが、原告達及び同静子の希望により、同年五月九日、未治のまま退院した。退院時の原告段の症状は、両下肢のクローヌス様異常運動はほぼ消失していたが、両下肢の不全麻痺は、やや軽快したものの依然として残つており、ようやく自発運動が出現するようになつた状態であつた。

なお、同病院に入院中に行つた血清学的検査によれば、ポリオウイルス、エコーウイルス、コクサツキーウイルス、アデノウイルス(以上、いずれも、北海道内で当時分離されたことのあるウイルス)による感染は、一応否定された。そこで、前記飯塚医師は、このような臨床症状及び検査所見に基づいて、原告段の症状は広義の種痘後脳炎のうち脊髄炎型に該当すると診断した(なお、同医師が、原告段の症例について、その後知能障害が判明した点をも考慮すると、純粋の脊髄炎型ではなく、軽い脳炎も潜在的に惹起されていた可能性があると判断していることは後記三3説示のとおりである。)。

市立小樽病院退院後、原告段は、昭和四三年五月一九日から同年六月一日までの間、札幌医大附属病院で入院加療を受け、さらに、同年六月三日から同年九月一〇日の間に合計二五日間、小樽市所在の朝里温泉整形外科病院へ通院し、両下肢に対する徒手矯正及び低周波療法による治療を受けたが、下半身麻痺は改善されなかつた。その間、一週間に一度位の間隔で高熱を発することがあつたため、北海道社会事業協会小樽病院を受診したところ、下半身麻痺を原因とする腎盂炎と診断され、その治療のため、同病院への入、退院を繰り返した。

そして、原告段は、昭和四五年二月一四日、北海道立札幌整肢学院(昭和四七年に北海道立札幌肢体不自由児総合療育センターと名称が変更された。以下、いずれも「療育センター」という。)の医師高橋二郎から、脳性麻痺の疑いがあるので、療育センターに母子入院して、下半身麻痺に対する家庭での訓練法を学習する必要がある、との診断を受けたため、同年五月一四日から六月三〇日の間母子入院したのを最初に、昭和四八年一月から同年三月二四日まで、同年七月九日から同年八月三日まで、昭和四九年三月一日から同年八月三一日まで、同年一二月二日から昭和五〇年三月二四日まで昭和五二年一月一二日から昭和五三年三月四日まで、昭和五四年八月から現在までと、療育センターに、当初は母子入院し、その後は原告段がひとりで入院して、その時々の原告段の発達段階に応じた治療、訓練を受けて、現在に至つている。

こうした治療、訓練にもかかわらず、原告段の両下肢の麻痺は、市立小樽病院退院以後一向に改善されることなく、昭和五五年三月一〇日当時(約一二歳五か月)の運動障害の程度は、「歩行及び起立位は不能、脚をなげ出して座ることはできる。両下肢はけい性麻痺である。」という状態であり、現在もほぼ同様であつて、今後とも回復する見通しはない。また、原告段が療育センターに入院した頃(二歳半頃)になつて、同人に知能障害のあることが判明したため、この面についても、療育センターで専門的な治療、訓練を施しているが、同じく昭和五五年三月一〇日当時の精神神経障害の程度は、「対話が少しでき、簡単な要求もできるが、興味の対象が限局されており、他人の指示に従わず、友達遊びができない。知能検査は不能で、精神年齢は推定二歳、知能指数は約二五である。」という状態であり、現在もほぼ同様である。このように、原告段の現在の症状は、下半身麻痺による運動障害及び知能障害である。

以上のとおり認められる。<反証判断略>

三  因果関係について

そこで、原告段のこのような後遺障害と本件種痘との間の因果関係の有無について判断する。

1<証拠>を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

種痘後一定の期間を置いて、中枢神経系に対する重篤な副反応が惹起されることのあることが広く知られている(こうした副反応を一般に種痘後脳炎と呼んでいるが、後記の脳炎型と区別するために、以下「広義の種痘後脳炎」という。)。発症までの期間は、多くは種痘後四日から一四日で、大部分は一〇日前後である。臨床症状は、多種多様であるが、(1) 脳炎型(意識障害及びけいれんを主症状とするもの。)、(2) 髄膜炎型(頭痛、嘔吐、ケルニッヒ症状、項部強直等の髄膜炎症状を主とするもの。)、(3) 脊髄炎型(四肢の弛緩性麻痺を主症状とするもの。)、(4) 球麻痺型(嚥下困難、言語障害等の球症状を主とするもの。)等に分類する見解が有力で、これらのいずれの型にも属さない症状を呈することはほとんどない。そして、その大部分は脳炎型又は髄膜炎型の症状を呈するが、まれには脊髄炎型の症状を呈する。その余後は、脊髄炎型の場合には、運動障害を残すが、知能障害は伴わない。

ところで、高津忠夫を研究代表者とする種痘研究班(我が国の小児医学界の権威多数のほかウイルス学の専門家等が参加した。)が、昭和四〇年から四二年にかけて、我が国における種痘合併症の実態を明らかにするため「種痘合併症例調査」を行つたが、その調査では、「種痘後四〜一八日の間隔をもつて以下の症状のうち少なくとも一つを呈したもの(但し種痘は確実な善感を示すことを必要とする。明らかに他の原因によると考えられる症例を除く。)、イ 意識障害、ロ 反復ないしは長時間つづくけいれん、ハ 運動失調、ニ 麻痺、ホ 髄液の異常(この症状のみの場合は発熱などの他の症状の有無も考慮すること。)」という基準のもとに、神経系合併症の調査を行つているところである(甲第九七号証参照。もちろん、右基準は、あくまでも「サーベイランスのための種痘合併症分類基準案」にすぎず、右基準に該当することが、直ちに、種痘との間の自然科学的因果関係の存在を根拠づけるという筋合のものではなかろうが、因果関係の存否についてのひとつの考え方を示すものと評価することができる。)。

なお、広義の種痘後脳炎の発生機序自体については、未だ、十分に解明されておらず、(1) 痘苗ウイルス説(接種した痘苗ウイルスが直接影響を及ぼすと考える説)、(2) 痘苗ウイルスによるアレルギー反応説、(3) ウイルス活性化説(種痘が動機となり、神経系統に潜在していた他のウイルスが賦活されると考える説)等の仮説が唱えられている状況であるが、いずれの仮説においても、痘苗ウイルスの接種と広義の種痘後脳炎の発症との間の因果関係自体を否定するものではなく、むしろ、右両者間に因果関係が存在することを前提としたうえで、その発生機序を解明しようとするものである。

以上のとおり認められ<る。>

2そして、前記二説示のところによれば、原告段は、本件種痘後九日目に突然高熱を発し、一二日目から両下肢の不全麻痺を含む脊髄炎様の症状を呈する等、1で述べた種痘研究班の「サーベイランスのための種痘合併症分類基準案」中、神経合併症の基準に該当し、かつ、広義の種痘後脳炎のうちの脊髄炎型に合致する臨床経過をたどつており(なお、知能障害の点については次項で検討する。)、市立小樽病院で原告段の診療を担当した前記飯塚医師もまた、同病院入院中の臨床症状及び検査所見を前提に、原告段の症状は、広義の種痘後脳炎のうち脊髄炎型に属すると診断しているところである(なお、同医師は、その後知能障害が判明したことも考慮すれば、純粋の脊髄炎型ではなく、軽い脳炎も潜在的に惹起されていた可能性があると判断していることは、次項で述べる。)。

3ところで、被告らは、(1) 広義の種痘後脳炎の臨床症状は、脊髄炎型を呈することはまれであつて、その大半が脳炎型又は髄膜炎型で、意識障害を呈するところ、原告段は、市立小樽病院入院当時、知能障害、脳波異常がなく、意識も清明であつたこと、(2) 脊髄炎型であれば知能障害を残すことはないのに、原告段は、現在知能障害を示していることの二点において、原告段の病状経過は広義の種痘後脳炎のそれと著しく異なる旨主張する。

しかしながら、まず(2)の点について検討するならば、なるほど、本件においては、原告段は、前記二のとおり、発症当初から下半身麻痺を呈していたほか、満二歳半頃に至つて知能障害のあることも判明したのであるが、前掲証人飯塚の証言によれば、原告段の症例は、純粋の脊髄炎型ではなく、軽い脳炎も潜在的に惹起されていた可能性があつたというのであり、このことに、前認定のように原告段を発病後最初に診察した田宮医師は項部強直という髄膜刺激症状を認めていることを併せ考えると、原告段は発病当初から軽い脳炎を潜在的に伴つていたものと認められる。そうとすれば、知能障害を伴つていることも別段医学的に異とするにあたらないものと考えられる。

次に、(1)の点について検討するに、市立小樽病院入院当時の原告段の臨床症状は、広義の種痘後脳炎のうち比較的まれにしか現れない症例とはいえ一般にその存在が承認されている脊髄炎型といわれる症状に合致していることは、前記2で説示したとおりであり、また、右のとおり、原告段は純粋の脊髄炎型ではなく、発病当初から軽い脳炎も潜在的に伴つていたのである。さらに、前記1のとおり、種痘研究班が我が国における種痘合併症の実態を明らかにするために行つた「種痘合併症例調査」では、意識障害を伴わない症例についても、一定の基準のもとに、種痘による神経系合併症として取扱つたのであるが、原告段の症例は、その基準を満たしているのである。

したがつて、原告段の症状の経過が広義の種痘後脳炎のそれと著しく異なる旨の被告らの主張は、にわかには採用できない。

4なお、乙号証(内田常雄ほか五名に対する殺人、傷害、業務上過失傷害、職権濫用被疑事件について札幌地方検察庁検察官検事板山隆重が嘱託した鑑定につき高津忠夫が作成した昭和四六年一月一二日付鑑定書、以下「高津鑑定」という。)中には、原告段が昭和四三年四月一七日発病した疾病は「脊髄炎と診断するよりも脊髄出血と診断した方が妥当と思う」との判断が示されている。

しかしながら、高津鑑定においても、原告段の右疾病が「間接にさえも種痘と因果関係がないとはいえない。」としているところから明らかなように、右両者間の因果関係を全く否定する趣旨のものではないのである。

のみならず、右高津鑑定によれば、原告段の右疾病が脊髄出血の場合、その臨床経過は、「発病は比較的突然であり、発熱も伴ない、しかも血液吸収の微熱がつづくこともある。症状も徐々に回復するが、また二回、三回と出血発作をくりかえすことがある。」というのであるが、これは、前記二に説示した原告段の臨床経過に合致しない面があるといわざるを得ない。また、右高津鑑定においては、原告段の右疾病が広義の種痘後脳炎であるか否かを判断するにあたり、単に脳炎型及び脳脊髄炎型に該当するか否かが検討されているのみで、脊髄炎型の可能性については何ら検討されていないのである。

したがつて、原告段が昭和四三年四月一七日発病した疾患は脊髄出血であるとする高津鑑定は、にわかには採用しがたいというべきである。

5そして、証人高橋武は、その証人尋問において、原告段の現在の症状は、失禁をし、また、足に知覚の異常がある点において、先天性の脳性麻痺等と異なり、後天的な事由により惹起されたものと判断されるとしている。また、原告段は、前記二のとおり、在胎期間中及び分娩時を通じて格別の異常がなく、生後本件種痘時までの生育も順調であつた。市立小樽病院入院中に行つた血清学的検査においても、北海道内で当時分離されたことのある種々のウイルスによる感染は、一応否定されているのである。加えて、本件種痘以後の時期についても、前記運動障害や知能障害の原因となりうる格別の事由を肯認するに足りる証拠がない〔ちなみに、原告段は、本件種痘直後の昭和四三年四月一二日に小樽市国保診療所でレントゲン線撮影を受け、その結果、右側先天性寛骨臼蓋形成不全の症状があることが判明したが、証人飯塚の証言及び原告静子本人尋問(第一回)の結果によれば、これは骨盤の骨の形成不全にすぎず、また、朝里温泉整形外科病院において、その後のレントゲン検査によつて少しずつ骨が成長しているので、自然に治ゆするであろうと診断されていることが認められるので、右症状は、原告段の本件各後遺障害の原因となるものではないと推認するのが相当である。〕。

このように本件においては、本件種痘以外には、本件各後遺障害の原因となるべき事由は認め難いところである。

6そうすると、以上説示したところを総合考察すれば、本件においては、本件種痘が原告段の前記各後遺障害を惹起したことにつき経験則上高度の蓋然性が存すると優に認められるというべきであるから、原告段が現在呈している運動障害及び知能障害は、その全体にわたり、本件種痘に起因するものと認めるのが相当である。

なお、被告らは、本件においては、原告段の症状が本件種痘に起因することを裏づけるに足りる医学的に明確な検査所見が存在しないので、右両者間に因果関係があるとはいえない旨主張する。しかし、訴訟上の証明は、経験則上高度の蓋然性が存在することを証明すれば足りる歴史的証明であつて、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではないので、医学的な検査所見が不十分であるからといつて、それだけで因果関係を否定するのは相当ではない。本件のように、その発生機序自体が十分に解明されていない疾病に関する場合には、ことにそうである。よつて、被告らの右主張は理由がない。

四  被告国の責任について

進んで、被告国の責任について判断をするに、原告らは、被告国の責任原因として、請求の原因3ないし5を選択的に主張しているので、請求の原因3、すなわち、本件種痘を実施した被告小川の過失を前提とする国家賠償法一条一項の責任の有無から判断を進めることとする。

1請求の原因3(一)の事実、すなわち、被告小川が被告国の公権力の行使に当たる公務員として本件種痘を実施したものであることは、当事者間に争いがない。

そこで、以下においては、被告小川の過失(同3(二))の有無について判断する。

2そもそも、本件種痘が予防接種法五条、一〇条一項一号所定の定期の種痘として行われたものであることは、当事者間に争いがないところ、このような予防接種法上の予防接種の実施については、予防接種を受ける者の生命・身体の安全を確保する見地から、(1) 昭和三三年九月一七日厚生省令第二七号予防接種実施規則(昭和四五年厚生省令第四四号による改正前のもの。以下「実施規則」という。)四条が、「接種前には、被接種者について、体温測定、問診、視診、聴打診等の方法によつて、健康状態を調べ、当該被接種者がいずれかに該当すると認められる場合には、その者に対して予防接種を行つてはならない。」として、一号ないし六号において禁忌者を掲げ(ただし、六号は急性灰白髄炎の予防接種のみに関するものである。)、また、(2) 昭和三四年一月二一日衛発第三二号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通達「予防接種の実施方法について」の別紙「予防接種実施要領」(以下「実施要領」という。)の第一の九項3号が「予診の結果、異常が認められ、かつ、禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者に対しては、原則として、当日は予防接種を行わず、必要がある場合は精密検診を受けるよう指示すること」と定めているのであるから、定期の種痘を実施する医師もまた、これらの規定を遵守して、その実施に当たることを要するものと解すべきである。

そして、実施要領第一の九項4号が、「予防接種を受けさせるかどうかを決定するに当たつては、当該予防接種に係る疾病の流行状況、被接種者の年令、職業等を考慮し、感染の危険性と予防接種による障害の危険性の程度を比較考慮して決定しなければならないが、この判定を個々の医師の判断のみに委ねないで、あらかじめ、都道府県知事……において一般的な処理方針をきめておくこと(実施規則第四条ただし書)。」と定めていることに鑑みれば、当時の予防接種制度のもとにおいても、予診の結果異常が認められた者に対し予防接種を実施するかどうかを決定する際には、右観点からの比較衡量が期待され、かつまた、それが重大な要素をなしていたというべきである。これを種痘についてみると、<証拠>によれば、我が国においては、昭和三〇年を最後に本件種痘当時まで天然痘患者の発生を全くみずに、いわゆる非常在国になつていた(痘そうウイルスはヒト以外には伝染しないため、人口の七割以上が有効に免疫された社会では存続しえないといわれている。)のであるから、本件種痘当時、海外の常在地からの天然痘患者の侵入のみが問題となつていたこと、それに対し、種痘による健康被害については、その実態に関する的確な資料がないけれども、厚生省の死因統計によれば、毎年平均一〇人近くの者が種痘後脳炎、汎発性種痘疹、その他の種痘合併症によつて死亡しているものと考えられ、こうした種痘による合併症の発生頻度は、他の予防接種に比べ格段に高率であることが認められ<る。>そうすると、種痘においては、それによる重篤な副反応の発生を回避するために、予診を通じて当該接種対象者の健康状態に何らかの異常が判明したにもかかわらず、禁忌者に該当しないと判定して種痘を実施するには、ことに慎重に判断することを要するといわなければならない。

以上説示したところを総合すると、種痘を実施する医師は、種痘による重篤な副反応が惹起される危険を回避するため、慎重に予診を行い、その結果、当該接種対象者が実施規則四条所定の禁忌者に該当すると判断された場合はもちろんのこと、そのような予診を通じて、実施規則四条所定の禁忌者に該当することを疑うに足りる相当な事由を把握した場合にも、当日は、種痘を回避すべき義務があると解するを相当とする。

3そこで、右に説示した観点にたつて、本件種痘当日の原告段の健康状態等が果たして種痘に適応していたか否かを検討することとする。

前記二説示の本件の経緯に、<証拠>を総合すれば、本件種痘直前の原告段の健康状態は、次のとおりと認められる。

原告段の生後の発育は順調であつたが、本件種痘の数日前から、次のとおり罹病していた。すなわち、原告段は、昭和四三年四月三日の朝、高熱を発したため、田宮医師の往診を仰いだところ、体温がセ氏三八度八分で咽頭が発赤していた。そこで、感冒と診断され、その治療のために、スルピリン注射液(下熱、鎮痛薬)及びサイアジン注射液(スルファミン系の抗菌薬)の注射を受け、二日分の薬を処方・調整してもらつた。翌四日、田宮医師を受診したところ、咳はわずかであつたが、体温がセ氏三八度五分あつたため、スルピリン注射液及びケミセチン(抗生物質)の注射を受けた。そして、四月五日にも田宮医師を受診したところ、気嫌は良かつたものの体温は依然としてセ氏三七度三分あつたので、スルピリン注射液の注射を受けるとともに、三日分の薬を処方・調整してもらつた。

このように、原告段の発熱は、注射を受けると一時的には治まるものの、しばらくするとまた発熱したため、三、四、五日と三日間続けて、下熱、鎮痛薬であるスルピリン注射液等の注射を受けたところ、六日の検温及び七日朝の検温の際には、体温がセ氏三七度以下になつていた。ただ、田宮医師に処方・調整してもらつた薬は、同医師の指示に従いその後も、少なくとも七日いつぱいまで、引き続いて服薬させた。

しかるに、原告静子は、四月八日(本件種痘当日)の朝には、原告段が熱もない様子で、大体治つたように見受けられたので、同人に予防接種を受けさせても何らの支障もないと判断して、同人を帯同して、小樽市保健所に赴いた。

以上のとおり認められる。<反証判断略>

しかして、実施規則四条一号は、「有熱患者……その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」に対し、また、その二号は、「病後衰弱者又は著しい栄養障害者」に対し、予防接種を行つてはならないと定めているところ、(木村三生夫、平山宗宏編著「予防接種の手びき」)によれば、こうした禁忌につき、「上下気道感染症をはじめとする急性熱性疾患の患者については、回復後まで予防接種を延期する。……病後の衰弱者についても、体力が十分に回復するまで待つのが良い。」と指摘されているところである。

このことに、前記認定の本件種痘直前の原告段の健康状態〔ところで、原告段は、昭和四三年二月一九日にも田宮医師を受診して感冒と診断されているが、この時には、一日受診しただけであつたこと、しかるに、本件においては、感冒と診断されたにもかかわらず、三日連続して田宮医師の診療を求め、ことに、四月三日には往診を受けていることのほか、その治療の内容等からすると、この時の原告段の症状は、前回に比しかなり重かつたものと推認される。〕を併せ考えると、四月六日、七日朝の検温で原告段の体温がセ氏三七度以下になつていたとしても、本件種痘当日(四月八日)原告段がその急性熱性疾患から回復していたか否か、また、体力が十分に回復していたか否かにつき多大の疑問が存したというべく、また、この疑問を集団接種方式のもとで実施規則及び実施要領が予定している予診(後記4(一)参照)を通じて解決することは、極めて困難であつたと考えられる。したがつて、本件種痘当日の原告段には、実施規則四条所定の禁忌者に該当することを疑うに足りる相当な事由が存したと認めるのが相当である。

なお、(高津鑑定)中には、「原告段が昭和四三年四月八日種痘を受けた当時の健康状態は、いわゆる禁忌事項に該当していたとは認め得ない。」との判断が示されているが、今、ここで検討されるべきは、原告段に実施規則四条所定の禁忌者に該当することを疑うに足りる相当な事由が存したか否かであつて、同鑑定とは観点を異にするのであるから、同鑑定は、右認定を左右するものではない。

そうすると、本件種痘当時の原告段の健康状態からすれば、同人に対する、本件種痘当日の種痘は回避されるべきであつたといわなければならない。

4このように、本件種痘当時の原告段の健康状態からすれば、本件種痘当日の種痘は回避されるべきであつたと認められるので、進んで、この点を看過した被告小川の予診の適否について検討する。

(一) そもそも、予防接種を実施する際の予診の方法については、実施規則四条は、前記のとおり、問診、視診、体温測定、聴打診等の方法を規定しているが、予防接種を実施する医師は、右の方法すべてによつて診断することを要求されているわけではなく、とくに集団接種のときは、まず問診及び視診を行い、その結果異常を認めた場合又は接種対象者の身体的条件に照らし必要があると判断した場合のみ、体温測定、聴打診等を行えば足りると解するのが相当である(実施要領第一の九項2号参照)。

そして、予防接種に際し問診するにあたつては、これを実施する医師は、接種対象者又はその保護者に対し、単に概括的、抽象的に接種対象者の接種直前における身体の健康状態についてその異常の有無を質問するだけでは足りず、禁忌者を識別するに足りるだけの具体的質問、すなわち、実施規則四条所定の症状、疾病、体質的素因の有無及びそれらを外部的に徴表する諸事由の有無を具体的に、かつ被質問者に的確な応答を可能ならしめるような適切な質問をする義務があるといわなければならない。もとより集団接種の場合には時間的、経済的制約があるから、その質問の方法は、すべて医師による必要はなく、いわゆる質問票を使用する方法や、質問事項又は接種前に医師に申述すべき事項を予防接種実施場所に掲記公示し、接種対象者又はその保護者に積極的に応答、申述させる方法や、医師を補助する看護婦等に質問を事前に代行させる方法等を併用し、医師の口頭による質問を事前に補助せしめる手段を講じることは許容されるが、医師の口頭による問診の適否は、質問内容、表現、用語及び併用された補助方法の手段の種類、内容、表現、用語を総合考慮して判断すべきである(最高裁判所昭和五一年九月三〇日第一小法廷判決・民集三〇巻八号八一六頁参照)。

(二)  <証拠>を総合すると、本件種痘当日の小樽市保健所における予防接種の実施状況は、次のとおりと認められる。

予防接種の実施には、小樽市保健所予防課長(当時)で医師の被告小川が当たつたが、そのほかに、接種前の消毒係、接種の際の介助係として同保健所勤務の保健婦各一名が、また受付係として事務職員三名が、その補助をした。実施会場には、同保健所の講堂が当てられた。

受付では、事務職員が受付手続を行うとともに、「健康状態は変りないか」といつた質問をして、接種対象者の健康状態を尋ねる。受付を済ませた接種対象者は、洋服を脱ぐ等予防接種を受ける準備をしたうえで、消毒係の保健婦のもとへと進む。消毒係の保健婦は、予防接種をする部位の第一次の消毒をするが、併せて接種対象者の健康状態につき、「普段と変りないか」、「気嫌は変りないか」といつた質問をし、必要があれば体温測定をする。このような手順を経たうえで、被告小川が予防接種を実施するが、実施に先だち、問診及び視診を行う。視診では、種痘の場合接種対象者が上半身の衣服を大体脱いでいるので、その範囲の部位について、湿疹等皮膚の疾患、やけど、外傷の有無、体の発育状態、栄養状態等の診断をする。問診では、「普段と変りないか」、「気嫌はどうか」といつた発問をするが、場合によつては、医師の背後の「お願い」と題する掲示(後記参照)を利用して、「後ろに掲示してあるようなことはないか。」と尋ねたりするが、こうした質問に対し特に異常がある等の申述がなされない場合には、それ以上の発問をしない。そして、種痘を接種する際に接種対象者の腕を押さえるが、これによつて有熱であることが判明することもある。こうした予診を通じて異常を認めた場合には、体温測定、聴打診を行う。その結果、明らかに禁忌者に該当すると判断される場合はもちろん、禁忌者に該当する疑いの残る場合にも、当日は、予防接種を実施せずに、かかりつけの医師に診断してもらつたうえで接種を受けるようにとか、大病院で精密検査を受けるようにと指示をする。その際に、接種の介助係の保健婦が、接種部位の第二次の消毒をするほか、被告小川の以上の予診及び予防接種の補助をする。

なお、実施会場の入口には、

「次の方は予防接種の前に係員にご相談下さい。

一 熱のあるお子さん

一 風邪気味等で具合の悪いお子さん

一 病気がなおつたばかりのお子さん

一 ひきつけを起しやすいお子さん

一 アレルギー体質のお子さん」

と記載した「ご注意」と題する掲示がなされていた。また、本件実施会場内にも、接種を実施する医師の背後に、「つぎのような方は予防接種を受ける前係にお知らせ下さい。熱のある人又は風邪にかかつている人、心ぞう病、高血圧又は血管に病気のある人……病後の衰弱又は栄養障害のある人、アレルギー又はけいれん性体質の人……そのほかからだの調子の悪い人又はその他の病気で医師にかかつている人……」との記載をした「お願い」と題する掲示がされ、そのほかに、「予防接種のお知らせ」と題する貼り紙(各種の予防接種の実施時期等が書き連ねられたうえ、「禁忌(次のような人は予防接種は出来ません)」との項目のもとに、ほぼ実施規則四条と同一の表現で、同条所定の禁忌者がら列されているもの。)が一枚張られていた。しかし、いわゆる問診票(質問事項を書面に記載し、事前にその回答を記入せしめておく方法)は使用しなかつた。

ところで、本件当日は、午前九時三〇分から一一時三〇分頃までの間に受付けた者について、正午少し前までかけて、予防接種を合計一八二名の者に対して実施した(その内訳は、種痘三八名、ジフテリアと百日咳の混合八名、腸パラ三八名、三種混合八三名、ジフテリア五名、破傷風一〇名である。)ほか、二八名について種痘の検診をしたため、原告段が本件種痘を受けた当時、会場内は相当混雑していた。

以上のとおり認められる。原告静子は、本件接種会場には、前記「ご注意」、「お願い」、「予防接種のお知らせ」のいずれの掲示もなかつた旨供述する(第一、二回)が、前掲各証拠に照らして措信することができない(むしろ、本件会場が相当混雑していたこと及び同人が六か月になつたばかりで世話の大変な原告段を帯同していたことに鑑みると、原告静子は右各掲示に気付かなかつたものと推認されるところである。)。

以上認定した事実に<証拠>を総合すれば、原告段に対する本件種痘も、以上とおおむね同一の手順のもとに実施されたものであること、すなわち、受付係、保健婦及び被告小川から原告静子に対し前記の如き用語によつて原告段の健康状態について質問がなされたこと(ただし、原告静子が「お願い」と題する掲示に気付かなかつたことからすれば、被告小川は、その掲示にあるようなことはないかという用語による質問を、原告静子に対してはしなかつたものと推認される。)、しかるに、原告静子は、原告段の本件種痘直前の健康状態が前記3説示の如きものであつたにもかかわらず、予防接種を受けさせるにつき全く支障がないと軽信していたため、右罹病の事実を積極的に返答しなかつたこと、その結果、被告小川は、ただ単に「普段と変りないか」又は「気嫌はどうか」との発問及び前記認定の如き内容・程度の視診に基づき、原告段の本件種痘直前の健康状態が前記3説示の如きものであつた事実を認識することなく、原告段に種痘を実施することに何ら支障がないと速断して、本件種痘を実施したこと、以上のとおり推認するのが相当である。

これに対し、原告静子は、本件種痘に際し原告段の健康状態について問診を受けたことは全くなかつた旨供述している(第一、二回)が、被告小川本人尋問の結果及び先に認定した本件種痘当日の小樽市保健所における予防接種の実施状況に照らして考察すると、原告段に限つて受付係、二名の保健婦及び被告小川のいずれもが全く問診をしなかつたというのは、たとい本件種痘が集団接種のもとで行われたことを考慮しても、不自然というほかな<い。>

(三) そこで、以上(一)、(二)に説示したところに基づいて、被告小川が本件種痘に際し適切な予診を尽したか否かを検討する。

被告小川が本件種痘の予診の一環として原告静子に対してした問診は、前記認定のとおり、「普段と変りないか」又は「気嫌はどうか」という用語によるものであつたが、こうした質問は、原告段の右質問時における健康状態の異常の有無を、単に概括的、抽象的に尋ねるにすぎないものであり、かつ、本件においては、被告小川が原告静子に対しこれ以外の質問をしたことを肯認するに足りる証拠がないので、前記用語による質問をもつて、原告段に対し種痘を実施していいか否かを判定するための質問として適切なものと認めることは到底できないというべきである。

本件においては、受付係及び保健婦も、被告小川の問診に先立つて、原告静子に対し、原告段の健康状態について尋ねているが、これらは、被告小川と同様の用語を使用してなされたにすぎないのであるから、右に説示したところと同じく被告小川の口頭による質問を補助する機能を果すものと認めることはできない。

また、前記各掲示にしても、予防接種の対象者の大部分は世話の焼ける乳幼児であるから、これらの者を帯同して本件会場に来た保護者らはとかく注意をその乳幼児に奪われ勝であろうことは容易に推察されるところであり、かつ、本件当日は、これらの乳幼児とその保護者とで会場内が相当混雑していたことに鑑みると、医師の口頭による質問の補助方法として十分な機能を果たしたものとは認め難い。

そして、以上説示したところは、原告静子が准看護婦の資格・経験を有していたことを考慮しても同様というべきである。確かに、<証拠>によれば、原告静子は、義務教育終了後の昭和三二年から昭和四一年まで、小樽市所在の西郡内科病院に勤務したが、その間に小樽医師会付属准看護婦養成所に学び、昭和三五年に准看護婦の資格を取得したこと、右養成所で、禁忌事項を含め予防接種法に関する講義を受けたことがあり、また、准看護婦として予防接種の実施の補助に当たつたこともあることが認められる。しかしながら、こうした予防接種に関する知識・経験はあくまでも医師の補助者の立場からのものにすぎず、また、それらに基づく種痘による副反応や禁忌に関する同人の理解がいかに不十分なものであつたかは、前示の本件種痘を受けさせた経緯、ことに、原告段が前示の如き疾病に罹患し、前日(四月七日)まで服薬していたにもかかわらず、予防接種を受けさせるにつき全く問題がないと判断し、右罹病の事実を予防接種の実施に当たつていた被告小川に申述しないまま、本件種痘を受けさせたことからも明らかに看取されるところである。それ故、本件においては、原告静子のこうした生半可な理解に基づく判断が、かえつて、問診に対し不適切な対応を招来したものとも解されるところであるから、医学的な専門知識を欠く一般人に対する場合と同様の問診が不可欠であつたといわなければならない。そうすると、原告静子が准看護婦の資格・経験を有していたことは、損害賠償額の算定において考慮されることがあるとしても(後記九4参照)、被告小川の問診の適否に関する先の判断を左右することはないというべきである。

したがつて、以上に説示したところに、本件においては、いわゆる問診票を使用しておらず(甲第一九号証によつてこれを認める。)、また、医師による口頭の質問を事前に補助せしめるためにその他の手段を講じていたことを肯認するに足りる証拠がないことをも併せ考えると、本件種痘に際して被告小川がした問診は、たといそれを補助するために併用された前記の如き手段(受付係、保健婦による接種対象者の健康状態に関する前記の如き質問及び前記各掲示)を考慮しても、原告段に対し種痘を実施していいか否かを判定するための問診として不適切なものであつたといわざるをえない。

5以上2ないし4に説示したところによれば、本件においては、実施規則四条一、二号所定の禁忌者を識別するに足りるだけの具体的質問、例えば、「最近医師にかかつたことはないか」といつた質問をしたならば、原告静子の申述を通じて前示の如き種痘直前の原告段の健康状態を容易に把握することができ、その結果、実施規則四条所定の禁忌者に該当することを疑うに足る相当な事由が存在する場合であるとして、原告段に対する本件接種当日の種痘を回避することができたものというべきである。しかるに、被告小川は、このような問診を尽さず、ただ単に前記認定のとおりの予診をしただけで、原告段に対し種痘をすることに何らの支障もないものと速断して本件種痘を実施し、その結果、本件の如き事態を惹起するに至つたのであるから、同被告には過失があるものといわなければならない。

6してみれば、被告国は、国家賠償法一条一項により、本件事故による損害を賠償すべき責任があるといわなければならない。

五  被告北海道の責任について

請求の原因6(一)についての判断は暫くおき、同6(二)についてまず検討することとする。

原告らは、北海道知事が予防接種法五条及び同法施行規則二条により小樽市長に対してした指示の内容は、(1) 予診の方法につき、まず問診及び視診を行い、その結果異常を認めた場合にのみ、体温測定、聴打診等を行えば足りるとしている点及び(2) 種痘の接種人員につき、一時間当たり八〇名まで実施してよいとしている点において不適切である旨主張し、被告北海道も、知事が小樽市長に対し以上の如き指示をしたこと自体は、これを認めるところである。

しかしながら、北海道知事の指示のうち原告らが問題とする点は、予防接種業務において包括的な指揮監督権を有し、かつ、その適法、適正な実施をなさしめる法的責任を有する国(具体的には、厚生省公衆衛生局がこうした事務をつかさどる。厚生省設置法九条参照)が定めた実施要領に依拠してなされたものである。そして、本件全証拠によつても、本件種痘当時、実施要領が定めるこうした予診方法や接種者の人数に問題がある旨の指摘が専門家によつてなされていたことを窺い知ることはできない。当庁昭和四六年(フ)第一号起訴強制事件において鑑定人として供述した、当時札幌医科大学教授中尾亨及び同北海道大学教授山田尚達も、格別の欠陥があることを指摘していない。こうしたことに、集団接種の場合には、予診の方法及び時間が制約を受けることは免れがたいところであること、予防接種は、医学的な専門知識と技術を有する医師によつて実施されること(実施要領第一の七項1号参照)並びに、右指示は、そもそも定期の予防接種の実施業務を管理し、執行しなければならない責務を負担し、かつまた、そのための陣容を擁する小樽市長に対するものであることを併せ考慮すれば、原告らが指摘する点は、種痘の実施方法についての指示内容としてあながち不適切であるということはできないというべきである。

そして、先の(1)及び(2)以外の点については、そもそも本件の定期の予防接種についての北海道知事の指示がいかなる内容のものであつたかに関する主張・立証がないので、北海道知事の指示の適否についての検討は、この程度にとどめることとする。

そうすると、その余の点につき判断するまでもなく、被告北海道に対する原告らの請求は理由がないというべきである。

六  被告小樽市の責任について

被告小川が国の公権力の行使に当たる公務員として本件種痘を実施したこと(請求の原因7(一))及び被告小樽市が被告小川の給与を負担する者であること(同7(四))は、原告らと被告小樽市との間において争いがない。

そして、被告小川に、その職務として本件種痘を実施するについて過失があつたというべきことは、前記四説示のとおりである。

したがつて、被告小樽市もまた、国家賠償法三条一項により、本件事故による損害を賠償すべき責任があるといわなければならない。

七  被告藤田及び同小川の責任について

そもそも、公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を与えた場合には、国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責に任ずるのであつて、公務員個人はその責を負わないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和三〇年四月一九日第三小法廷判決・民集九巻五号五三四頁、同昭和五三年一〇月二〇日第二小法廷判決・民集三二巻七号一三六七頁等参照)。

これを本件についてみると、原告らの被告藤田及び同小川に対する請求は、同被告らが本件種痘を実施するにつき重大な過失(未必の故意と言つても差支えない。)により原告らに損害を与えたとして、民法七〇九条によりその賠償を求めるものであるが、同被告らが国の公権力の行使に当たる公務員として本件種痘を実施したことは、原告らにおいても自認するところである。(請求の原因3(一)、7(一)参照)から、右被告らは、本件種痘による損害を賠償する責を負うべき筋合ではないことが明らかである。

よつて、原告らの右被告らに対する請求は、その余の点について判断するまでもなく失当である。

八  被告東芝化学の責任について

1原告らの被告東芝化学に対する請求は、まず、同被告は、(1) その製造に係る痘苗の副作用等使用の際の注意事項を使用者たる医師に対し十分に警告説明すべく、また、(2) 遅くとも本件種痘当時までには、大連株による痘苗の製造を中止してリスター株に切替えるべきであつたのに、これらの義務を尽さなかつたので、債務不履行又は不法行為による損害賠償を求める、というのである(請求の原因9(一))。そこで、以下においては、便宜上、(一)及び(二)で不法行為による損害賠償請求について、そして、(三)で債務不履行による損害賠償請求について、判断を示すこととする。

(一)  まず、右(1)の警告説明義務違反を理由とする不法行為による損害賠償請求について判断する。

<証拠>によれば、被告東芝化学は、痘苗を販売するにあたり、各製品毎に用法、用量のほか、実施規則四条所定の禁忌事項や副作用、使用上の注意等を記載して販売していることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

しかるに、原告らは、単に警告説明が不十分であつた旨主張するだけで、右記載がいかなる点において不十分であつたのかについて、具体的な主張・立証をしない。

加えて、予防接種法上の予防接種の実施については、予防接種を受ける者の生命・身体の安全を確保する見地から、実施規則が禁忌者を掲げ、また、実施要領がその禁忌者を識別するための予診の方法のほか、予診の結果異常が認められた場合の取扱い等について詳細に規定しており、定期の種痘を実施する医師もまた、これらの規定を遵守してその実施にあたるべき義務を負つていたことは、前記(四2)説示のとおりである。そして、<証拠>によれば、本件種痘を実施した同被告も、こうした事柄を熟知していたことが認められる。

このように、痘苗の使用については、実施規則及び実施要領において、種痘の副反応による健康被害を回避するために詳細な規定が設けられており、本件種痘の実施に当たつた被告小川もこうした事柄を熟知していたことを併せ考えると、他に、特段の事情につき主張・立証のない本件においては、仮に被告東芝化学に原告らが主張する警告説明義務が認められるとしても、その履行において欠けるところはないというべきである。

よつて、警告説明義務違反を理由とする不法行為による損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当である。

(二)  次に、原告らは、大連株がリスター株に比べて毒性及び副作用が強度であるとして、遅くとも本件種痘当時までには、大連株による痘苗の製造を中止してリスター株に切替えるべきであつたとして、被告東芝化学に対し、不法行為による損害賠償を請求している。

(1) そこで、まず、果たして、大連株とリスター株との間にヒトの中枢神経系に対する副反応の発生頻度・程度の差異があるか否かについて検討するに、本件種痘当時を基準とした場合はもちろんのこと、それ以降についてみても、右の点につき右両株間に明確な差異があることを窺わしめる統計資料や実験結果は、本件全証拠によつても見出しえないところである。

現に、種痘研究班が昭和四〇年から四二年にかけて我が国における種痘合併症の実態を明らかにするために行つた前記(三1参照)「種痘合併症例調査」によれば、比較的調査がよく行われたと考えられる六都道府県の約一〇〇万人について集計したところ、種痘による神経合併症が一九例、うち死亡は一例であつた(なお、この当時我が国で使用されていた痘苗製造株は、前記(4)のとおり、大連株と地田株のみであつた。)のに対し、リスター株を使用しているイギリスでは、一九五一年(昭和二六年)から一九六〇年(昭和三五年)の期間についてのコニーベアの報告によれば、一歳以下の乳児に対する初種痘による神経合併症は、一〇〇万人当たり14.6例、うち死亡が六例であつたというのであるから、発生率ではイギリスと大差なく、死亡例はイギリスよりかなり低いのである。もちろん、大連株とリスター株との間の神経合併症の発生頻度を比較するに、これらの数字をそれぞれのデータの基礎となつている種々の条件について吟味することなく単純に比較することは、妥当を欠くことになろうが、それにしても、少なくとも、我が国における種痘による神経合併症の発生率、死亡率が、リスター株を用いているイギリスに比べて特に高いとは認められないというべきである。

もつとも、(「種痘後にみられる身体諸反応とその因果関係に関する研究」)によれば、前記種痘研究班が昭和四二年から四四年にかけて、地田株(一五〇六例)、リスター株(一九三六例)、EM・六三株(エクアドル株由来のもの。一八四六例)の三株について比較接種を行つたところ、局所反応はリスター株が最も弱く、地田株が最も強いとの調査結果となつたことが認められる。しかしながら、右調査報告は、その「考察」の箇所における記載からも明らかであるが、合併症の発生率の大小は不明だが局所反応についてはリスター株の方が弱いことは確かなので、今後はリスター株も使用しうる体制を作り、ある程度の期間をかけて痘苗株による合併症発生率の比較を行うべきであるとの提案をするにとどまり、池田株と比べてリスター株は毒性が弱いので、直ちにリスター株に切替えるべきであるとの提案をしている訳ではない。加えて、<証拠>によれば、右比較接種調査によつても、発熱率でみた全身反応、善感率、平均獲得抗体値については、差が認められておらず、また、一九六八年(昭和四三年)に種痘後脳炎例は局所反応の強いものに多いとの報告がなされてはいるが、一般に、局所反応の強さと種痘後脳炎の発生率とは関係がないと考えられていることが認められる。それ故、こうした事実に鑑みれば、右三株中リスター株が局所反応において最も弱いことをもつて、直ちに、リスター株はヒトの中枢神経系に対する副反応につき危険性が少ないものと認めることはできないというべきである。

(2) もつとも、本件種痘当時、既に、動物実験による成績ながら、リスター株による痘苗が池田・大連株による痘苗よりも病原性が弱いとする報告があつた。すなわち、<証拠>によれば、ソビエトのマレニコバは、一九六七年(昭和四二年)二月、ベルリンで開かれた「痘そう予防問題に関する国際シンポジウム」で、各国の二〇種類の痘苗を集めて、ウサギとマウスで実験をした結果を発表し、それが翌年公刊されたが、マレニコバは、その中で、動物に対する病原性の程度を三段階に分け、我が国の池田株、大連株は、ソ連で用いられている痘苗製造株の一部、デンマーク、中国、フランスで使用されている各種の痘苗製造株とともに最も病原性の強いグループに属し、リスター株、EM・六三株及びアメリカの株は最も弱いグループに属し、中でもEM・六三株が最も優れている、との見解を示したことが認められる。

しかし、他方において、<証拠>によれば、一般に、ウサギやマウスでの痘苗についての実験の成績が直ちに本件事故の如きヒトの中枢神経系に対する副反応の頻度、強弱と結びつくものではないと解されている(痘そうのウイルスは、ヒトに対して極めて強力な病原性を示すが、それ以外の動物に対しては、ほとんど病原性を示さないことも、その論拠のひとつにあげられている。)ことが認められる。

それ故、右の如き動物実験の結果の報告は、確かに、各種の痘苗製造株についての比較検討のひとつの機縁とはなり得ても、これをもつて、直ちに、痘苗を製造・販売する者に対し、大連株による痘苗の製造を中止してリスター株に切替えるべき不法行為法上の注意義務を課するものではないというべきである。

(3) また、<証拠>(「痘苗の国際参照品―国際協力効力検定―」と題する論文)、(北村敬執筆の意見書)、証人北村敬の証言によれば、なるほど、WHO生物学的製剤標準化専門家委員会は、一九六三年(昭和三八年)、リスター株から製造された特定のロットの痘苗を国際参照品に指定したが、それは、各種の痘苗について、副反応の頻度、局所・全身反応、その他を比較したうえリスター株により製造された痘苗が最も安全であるとして、右指定に至つたのではなくして、各国で使用されている痘苗の力価を保障するための「物指し」として指定したものであることが認められ、右認定に反する<書証>の各記載及び証人高橋晄正の供述は、いずれも採用することができない。

そうすると、国際参照品に指定されたことが直ちにリスター株の安全性に結びつくというものではない。

(4) 加えて、<証拠>によれば、大連株は、伝染病研究所で確立された痘苗製造株であり、我が国では、昭和四五年に至るまでは、専らこの大連株と池田株のみが製造株として用いられて来たという実績を有するものであること、予防接種に用いられる接種液は、薬事法四二条一項の規定に基づき厚生大臣が定める基準(本件種痘当時の基準は、昭和三九年厚生省告示第四七四号「痘苗及び乾燥痘苗基準」であつた。)に現に適合していなければならない(予防接種実施規則二条)ところ、リスター株による痘苗の製造・販売を開始するにしても、局所反応が弱いため、昭和四四年二月四日の厚生省告示第三一号による右基準の改正を待たなければならなかつたこと、また、リスター株による痘苗の製造には羊が使用されていたのであるが、我が国では、右基準上、牛を使用するように定められていたところから、リスター株を牛に馴らしたうえでなければ、リスター株による痘苗の製造を開始することができなかつたことが認められ、これらの認定を左右するに足りる証拠はない。

(5)  以上説示したところ、ことに、ヒトの中枢神経系に対する副反応の発生頻度・程度において、大連株とリスター株との間に明確な差異があることを窺わしめるデータが本件種痘当時を基準とした場合はもちろんのこと、それ以降についてみても、認められないこと、もつとも、本件種痘当時、既に動物実験による成績ながら、リスター株より製造された痘苗が池田・大連株により製造された痘苗よりも病原性が弱いとするマレニコバの報告がなされていたが、一般に、ウサギやマウスでの痘苗についての実験の成績が直ちにヒトの中枢神経系に対する副反応の頻度・程度と結びつくものではないと解されていたこと、加えるに、リスター株を導入するにしても、同株は局所反応が弱く、また、それによる痘苗の製造には羊を使用していたため、前記痘苗及び乾燥痘苗基準の改正及びリスター株の牛への馴化を待たなければならず、したがつて、本件種痘当時の右基準のもとにおいては、直ちに、リスター株による痘苗の製造を開始できる状況にはなかつたこと等の事実に鑑みれば、少なくとも、本件種痘当時の時点において、被告東芝化学が痘苗製造株をリスター株に切替えることなく、大連株によつて痘苗を製造していたことを目して、不法行為に該当するということはできないというべきである。

よつて、痘苗製造株のリスター株への切替え義務違反を理由とする不法行為による損害賠償請求も、その余の点について判断するまでもなく、失当である。

(三)  進んで、原告らの被告東芝化学に対する債務不履行による損害賠償請求について判断する

そもそも、原告らと同被告とは本件種痘に使用された痘苗の売買につき直接の契約関係に立たないので、果たして同被告が原告らに対し債務不履行の責に任ずべき場合があるのか否かについては、多大の問題が存するところである。

のみならず、この点に対する判断を暫くおいても、前記(一)及び(二)に説示したところに鑑みれば、同被告が警告説明すべき債務及び痘苗製造株をリスター株に切替えるべき債務を履行しなかつた旨の原告らの主張は、採用するに由ないものといわなければならない。

よつて、原告らの右請求は、いずれにしても理由がない。

2さらに、原告らは、本件事故が発生した以上、本件種痘に使用された痘苗には欠陥があつたと推定すべきであるから、被告東芝化学は、それを製造・販売した者として、無過失損害賠償責任を免れない旨主張する(請求の原因9(二))。

しかしながら、そもそも、実定法の解釈論として原告らが主張する無過失責任論を採用することについては多大の疑問が存するばかりか、以下にみるとおり、本件種痘に使用された痘苗に欠陥があつたとする原告らの主張も採用しえないというべきである。

すなわち、<証拠>によれば、本件種痘に用いられた痘苗は、本件種痘当時の痘苗及び乾燥痘苗基準に則つて製造し、貯蔵し、かつ、昭和四三年二月一〇日に薬事法四三条一項の検定を受けたうえで販売されたものであること、本件当日は原告段を含め三八名に対して種痘が実施されたが、原告段以外には本件の如き健康被害を被つた者はおらず、また、小樽市保健所においては、四月一日から本件当日までに合計一三七名に対して種痘を実施したが、これらの者についても同様であることが認められる(ちなみに、本件種痘に使用された痘苗の製造番号は一九三号であり、これと同じ製造番号の倉入本数は八一二三本、四〇万六一五〇人分であつたが、この製造番号の痘苗の接種を受けた者のうちで、本件の如き健康被害を被つた者が他にもいることを窺わしめる証拠はない。)。

このことに、前記四3の本件種痘直前の原告段の健康状態をも併せ考えれば、原告段が種痘により本件各後遺障害を被つたという事実のみから、本件種痘に使用された痘苗に、痘苗が通常具有している安全性の観点からして、欠けるところがあつたと解することはできないというべく、他にこの点を肯認するに足りる証拠もない。

よつて、本件種痘に使用された痘苗に欠陥があつたとする原告らの主張は理由がない。

なお、原告らは、痘苗が通常具有している安全性、裏返していえば、大連株により製造された痘苗が通常帯びている副反応惹起の危険性をもつて「欠陥」と称しているものと解されないではないが、痘苗は痘そうの予防という社会的必要性から使用していたものであることや、右1に説示したところを併せ考慮すれば、係る意味の「欠陥」の主張・立証のみで、被告東芝化学が原告らに対し損害賠償義務を負担すべきいわれはないというべきである。

以上のとおりであるから、いずれにしても、被告東芝化学は本件種痘に使用された痘苗を製造・販売した者として無過失損害賠償責任を負担すべきである、との原告らの主張は、理由がない。

九  損害について

1  原告段の症状について

前記二、三説示のとおり、原告段は、本件種痘による副反応のために前記の如き運動障害及び知能障害が残存するに至り、また、運動障害は今後とも回復する見通しがないところである。そして、知能障害についても、前記二で認定した事実に、<証拠>により認められる、療育センターでの治療の内容、今日までの原告段の症状の経過及び原告段の現在の知能障害の程度を併せ考えると、将来においても、原告段の知能障害が著しく改善されることはほとんど期待できないものと推認するのが相当である。

2  原告段の被つた損害

(一)  逸失利益

右1に説示したところによれば、原告段は、本件事故によりその生涯にわたる労働能力の全てを喪失したものと認めるのが相当である。

そして、原告段は、前記二のとおり、昭和四二年一〇月六日生まれの健康な男子であつたから、本件事故に遭わなければ、一八歳から六七歳までの四九年間就労して、その間、少なくとも、毎年金三四〇万八八〇〇円〔当裁判所に顕著である昭和五五年賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、、学歴計の男子労働者平均賃金(全年齢平均)と同額〕の収入を取得することができたものと推認される。そこで、右の額を基礎として、ライブニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、右期間の得べかりし利益の本件事故における現価を求めると、左記のとおり、金二五七三万四〇〇〇円(原告らの請求にならい千円未満切捨。)となる(なお、原告らは、本件請求にあたり昭和五四年一〇月六日当時における現価をもつて逸失利益としているが、採用するに由ないものというべきである。付添介護費についても同様である。)。

3,408,800円×(19,2390−11.6895)=25,734,735円

よつて、原告段は、右と同額の得べかりし利益の喪失による損害を被つたものというべきである。

(二) 付添介護費

<証拠>によれば、本件種痘の副反応によつて原告段に前記二説示の如き後遺障害が残存したために、同人の父母である原告達及び同静子は、今日に至るまで、健康な子に対するとは比較しえない細心の注意と多大の労苦を払つて原告段の日常生活の介護にあたつて来たものであることが認められる。そして、前記1の事実によれば、今後も、その生涯にわたり、原告段の日常生活には付添介護が欠かせないものと推認するのが相当である。

しかして、当裁判所に顕著な昭和五五年簡易生命表によれば原告段と同年齢(一三歳)の男の平均余命は61.29年であるから、原告段は、本件事故時(生後六か月)から七三年間(原告らの請求にならない一年未満切捨。)にわたり付添介護を必要とし、また、それに費やされる労務を金銭に換算すると、右期間を通じて、原告ら主張のとおり年間三六万円(一日当たり約一〇〇〇円)を下らないものと認めるを相当とする。そこで、これらを基礎として、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、右期間の付添介護料相当額の本件事故当時における現価を求めると、左記のとおり、金六九九万五〇〇〇円となる(原告らの請求にならい千円未満切捨。)。

360,000×19.4321=6,995,556円

よつて、原告段は、本件事故により、右金額の付添介護料相当額の損害を被つたものといわなければならない。

(三) 慰謝料

原告段は、出生後わずか六か月余りで本件事故に遭い、前記の如き運動障害及び知能障害を残すところとなり、そのため、右各後遺障害を背負つて生涯を送らなければならなくなつたのであるから、その精神的苦痛の甚大さは想像するに難くなく、これに対する慰謝料は、請求どおり金一〇〇〇万円をもつて相当とする。

3  原告達及び同静子の慰謝料

右両名は原告段の父母である(弁論の全趣旨によつてこれを認める。)ところ、最愛の子が本件事故に遭つたため、同人の生命を害された場合に比肩すべき多大の精神的苦痛を受けたことは推察するに難くなく、これを慰謝するには、請求どおり各金三〇〇万円をもつて相当というべきである。

4  過失相殺

前記四にて説示したとおり、原告段は、本件種痘直前の四月三日から前記の如く罹病して、少なくとも本件種痘前日まで服薬していたものであるところ、本件種痘を実施した被告小川は、予診の一環として、原告段を帯同した原告静子に対し、「普段と変りないか」又は「気嫌はどうか」という用語で、不適切ながらも、原告段の健康状態の異常の有無について問診を行つたほか、それを補助するために、これまた不十分ながらも、受付係及び保健婦に被告小川と同様の質問を事前に行わせ、また、前記のとおりの内容の掲示をしていたのである。加えて、原告静子は、准看護婦としての立場からではあるけれども、予防接種につき前記の如き知識・経験を有していたものである。そうすると、原告静子は、本件種痘当日(四月八日)の朝の原告段が熱もない様子で大体治つたように見受けられたとしても、同人に種痘を受けさせるにつき何らの支障もないと軽信するのではなくして、最少限、被告小川による前記の如き口頭の質問に対しては、右罹病の事実を有りのまま申述して然るべきであつたというべきである。そして、本件においては、前記四5説示のとおり、原告静子が右事実を申述していたならば、被告小川において原告段に対する本件当日の種痘を回避しえたものと考えられ、そうすれば、本件事故の発生を未然に防止することができたというべく、原告静子のかような落度も本件事故の一因をなしているものといわざるをえない。

よつて、本件損害賠償債権額の算定にあたつては、本件種痘が予防接種法五条、一〇条一項一号所定の定期の種痘として行われたものであることを考慮しても、原告静子の右落度を被害者(同人自身の請求につき)ないし被害者側(原告段及び原告達の請求につき)の過失として斟酌して、原告らの損害にそれぞれ二割の過失相殺をするのが相当である。

ところで、被告らは、原告達及び同静子が原告段に市立小樽病院で引き続き治療を受けさせていたならば、原告段が現在のような症状にならなかつたことが十分に予測できるとして、右両名のこうした態度も、賠償額の算定にあたつて斟酌されるべきである、と主張する。そして、証人飯塚晁は、その証人尋問において、原告段の予後につき右主張に副う意見を述べているが、そもそも、本件のような広義の種痘後脳炎については有効な治療法が確立されていないことのほか、前記の市立小樽病院退院後の原告段の治療・訓練の内容及びそれらの効果の程度を併せ考えると、右意見は、たやすく採用することができないというべく、他に右事実を肯認するに足りる証拠はない。

よつて、被告らの右主張は、その前提において、理由がない。

5  損害の填補

小樽市長が、現在までに、(1) 原告段に対し、後遺症一時金として金二七〇万円、(2) 原告達及び同静子に対し、後遺症特別給付金として合計金二二万四〇〇〇円、障害児養育年金として合計金一九四万六二〇〇円をそれぞれ給付したことは、当事者間に争いがない。

そして、<証拠>によれば、原告らに対する右各給付は、昭和四五年七月三一日の閣議了解又は昭和五一年法律第六九号により改正された予防接種法に基づき、予防接種により健康被害を生ずるに至つた被害者を救済するために実施されているものであることが認められる。

そうすると、原告らに対する右各給付の実質は、受給権者たる各原告に対する損害の填補の性質をも有するというべきであるから、衡平の理念に照らし、いまだ現実の給付がない以上、たとい将来にわたり継続して給付されることが確定していてもそのような将来の給付額を損害賠償額から控除することは要しないが、現実に給付がなされた分については、その価額を損害賠償額から控除すべきものと解するのが相当である。

よつて、原告らの損害賠償債権額は、各人の損害額から、原告段については前記金二七〇万円、原告達及び同静子については前記の合計金額を二分した金一〇八万五一〇〇円をそれぞれ控除した価額になる。

6  まとめ

以上のところによれば、原告らの損害賠償債権額は、

(一) 原告段については、右2の(一)ないし(三)の合計額である金四二七二万九〇〇〇円から過失相殺としてその二割を減じ、さらに右5の同原告が小樽市長から支給を受けた金二七〇万円を控除した金三一四八万三〇〇〇円(原告らの請求にならい千円未満切捨。)、

(25,734,000円+6,995,000円+10,000,000円)×(1−0.2)−2,700,000円=31,483,200円

(二) 原告達及び同静子については、それぞれ、右3の金三〇〇万円から、過失相殺としての二割を減じ、さらに右5の同人らが小樽市長から受給した価額を二分した金一〇八万五一〇〇円を控除した金一三一万四〇〇〇円(原告らの請求にならい千円未満切捨。)、

3,000,000円×(1−0.2)−(224,000円+1,946,200円)÷2=1,314,900円

となることが明らかである。

一〇  結語

以上の次第であるから、原告らの本訴請求は、被告国及び被告小樽市に対し、原告段が、各自金三一四八万三〇〇〇円、原告達及び同静子が、各自各金一三一万四〇〇〇円並びに右各金員に対する本件事故発生の後の日である昭和四五年六月二三日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、右被告両名に対するその余の請求及びその余の被告四名に対する請求は、いずれも失当であるから、これを棄却する。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を各適用し、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用し、右認容金額の三分の一の限度において相当と認め、仮執行免脱の宣言は相当でないのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(長濱忠次 安井省三 金井康雄)

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